ゆたかやでは信州伝統の紋である六文銭をモチーフとした、オリジナルグッズを取り揃えております。
六文銭は人が亡くなったとき、その死者に三途の川を渡るための渡し賃として持たせたものだといわれております。当時、信州は山国で生活がきびしく、生まれた子どもを育てるにも本当に苦労し、水子も多い時代でした。六文銭はそんな哀しい親たちが子どもたちに持たせたものなのかもしれません。
真田氏は、その哀しい六文銭を戦場という死と隣り合わせの地に行くときの旗印としました。そして、それが家紋になったとされています。
真田幸村・真田十勇士
天正12年 信濃国に上田城を築城した、
上田城の初代城主 真田昌幸とその次男 幸村。
“「親の方(昌幸)か、子の方(幸村)か?!」
大坂の陣で真田入城の報を受けた家康が、
一瞬その死を忘れて恐怖した ”
との逸話も残る、名武将として語りつがれています。

信長や秀吉も恐れた優れた智謀を有し、それをもって家名を存続させるために多くの大名家を巧みに渡り歩いてきたことを評し、秀吉から「表裏比興の者」とまで言われたほどである。
真田十勇士
六文銭の旗をかかげ、徳川軍を最後の最後まで苦しめた、真田幸村。
その手足となって縦横無尽、胸のすくような活躍をし幸村と最期を
ともにした真田十勇士の面々・・・。
幸村の人柄に惚れ込んで家来となり、天下を二分する大阪の陣まで
影の働きをした人々が、後世、講談本などで
特に 甲賀流忍者 「猿飛佐助」、伊賀流忍者 「霧隠才蔵」が有名である。
猿飛 佐助
雲隠 才蔵
穴山 子助
海野 六郎
筧 十蔵
禰津 甚八
三好清海入道
三好伊三入道
幸村手拭 六文銭
望月 六郎
由利 鎌之助




